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学長エッセイ「学長の部屋」


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第8代学長 今井 康之

今回の話題「名前にご用心」

今年のノーベル化学賞は、物理学賞と同様に、AI(人工知能)の研究に対してでした。研究の基礎を築いた物理学賞とは対照的に、こちらは実用的な意味で先端的な研究が対象です。 
タンパク質は、アミノ酸がひも状につながって出来ています。いわばリボンのようです。アミノ酸は20種類あるので、アミノ酸の並び方に対応して、タンパク質の種類は膨大になります。身体の中ではタンパク質は水に溶けており、水のなかでリボンがどのように折り畳まれて立体構造をとっているのか、アミノ酸配列からは直ちに予測できません。立体構造の特定には、タンパク質の結晶を作ってX線を照射して調べるか、タンパク質を氷の中に閉じ込めて電子顕微鏡を使う方法があります。いずれも多くの実験量と時間が必要です。多くの研究者の長年の努力によって、アミノ酸配列に紐づいた立体構造のデータが蓄積され、データベースとして公開されてきました。
このデータをもとに、ニューラルネットワークを使ったAIによって、アミノ酸配列からタンパク質の立体構造を予測できるようにしたのが、「AlphaFold(アルファフォールド)」というAIツールです。この“Fold”というのは折りたたみという意味です。つまり、物理的な理屈はさておき、具体例(アミノ酸配列と立体構造を対応させたデータ)を機械学習させ、その学習成果から立体構造を予測させる戦略です。これを開発したのがジョン?M?ジャンパー博士とデミス?ハサビス博士で、イギリスのロンドンにあるGoogle DeepMind(グーグル ディープマインド)の研究者です。
彼らは、もともと将棋や囲碁で、世界トップ棋士を破った「AlphaZero(アルファゼロ)」や「AlphaGo(アルファ碁)」の研究をしてきました。ただ、将棋や囲碁では、世界が将棋盤や碁盤の中(将棋盤で81マスしかない)に限られていて、広い世界である水中のタンパク質とは前提が違います。おそらく、使っているAIの原理も全く異なっていると想像できますが、専門家はAIに色々な種類があることを明言しようとはしません。多分、同じ“Alpha”が頭についていても、AlphaFoldとAlphaGoは、全く別物だろうと想像しています。Alphaは会社のブランド名なのではないでしょうか。
ところで、もう一人の化学賞受賞者のデイヴィッド?ベイカー教授は、アメリカのシアトルにあるワシントン大学の研究者です。この方は、「RoseTTAFold(ロゼッタフォールド)」というプログラムツールでタンパク質の立体構造の特定に挑戦していました。話によると、RoseTTAFoldではAlphaFoldには敵わなかったため、逆の問題に挑戦しだしたとのことです。つまり、ある構造を持ったタンパク質のアミノ酸配列を予測するという問題です。彼は、実在するタンパク質の立体構造の一部(例えばαヘリックス)と、その部分のアミノ酸配列とを対応させて機械学習させ、ある立体構造に折り畳むことが出来るアミノ酸配列を同定してきました。そこでまず立体構造を指定し、その立体構造を構築できるアミノ酸配列を出力させたところ、93個のアミノ酸からなる配列が得られました。これは、タンパク質として自然界では知られていないアミノ酸配列でした。このアミノ酸配列が含まれるように遺伝子DNAを合成し、細菌に組換えタンパク質として作らせました。タンパク質の立体構造をX線結晶解析で調べたところ、93個のアミノ酸配列からなる部分が、はじめに指定した立体構造をとっていることが分かりました。つまり、タンパク質の立体構造を目標に、アミノ酸配列の形でデザインできることを示しています。
この成果を延長すると、ある機能を持ったタンパク質をデザインできるようになることを意味します。例えば、人工的な酵素や、薬となるタンパク質が例として挙げられます。実際、澳门现金网,正规靠谱的彩票appが細胞に侵入するために用いているスパイク分子の部分構造をもち、さらにナノ粒子を構築するタンパク質がデザインされ、生産されています。「SKYCovione(スカイコビワン)」というワクチンとしてイギリスと韓国で認可されました。
ただ、ハサビス氏も、AIのリスクについては課題があることを認めていて、新聞の取材に対し「AIには未知の部分も多い」とも言っています。
今後のAIの展開として、人間の思考能力である汎用的知能に相当する汎用人工知能(AGI: artificial general intelligence)が注目されています。この要件としては、「抽象的原理から論理的に具体例を説明できる」ことがあげられます。AlphaFoldの場合は、水溶液中のタンパク質内のアミノ酸残基同士や周囲の水分子との相互作用を計算して、物理法則に基づいて立体構造を予測したわけではありません。ただ、生物が進化の過程で達成した汎用的知能を、生物材料以外の材料を用いて達成できないということは、考えにくいという意見もあります。生理学?医学賞については、また次回。

2024年12月16日


第1回「人間の好奇心について」

数年前から、学修成果の把握ということが大学に課された課題となっています。しかし、そもそも学習とは何かということを解明する必要があるでしょう。
人間の脳神経の網の目(ニューラルネットワーク)には、脳内の部位で役割分担があり、信号が行き来しているようです。神経細胞の結合点(シナプス)では、信号を受け取る側の神経細胞を興奮させたり抑制させたりして働きます。抑制性の神経の働きというと、興奮を抑えて怒りを鎮め、逆に働きすぎると抑うつ状態になるなど、大雑把にとらえられがちですが、実は注意の抑制という働きが「学習」には不可欠のようです。
近年発展が著しい生成AIに代表される人工ニューラルネットワークは、仮想的なシナプス(結節点、ノード)を含む多くの階層構造を持ちます。各ノードにおいて伝達強度が重み付けされ、神経伝達の「促進」と「抑制」に対応します。多量のデータを一度に学習するときには、もっともありがちな結果をだせるよう統計的に重みを最適化していきます。重みは、パラメータとも呼びます。各階層に、人間の脳のように役割分担があるのかどうかは、よくわかりません。
さて、今年のノーベル賞では、物理学賞および化学賞で人工知能 (AI) の研究者が受賞しました。物理学賞では、人工知能の基本的原理の発見に対してです。プリンストン大のジョン?ホップフィールド教授は、磁性材料において原子のスピンという値が、磁力の影響下で上向きになるか、下向きになるかというという問題を扱いました。エネルギーが最低となる状態で原子スピンのパターンを保存すると、あとで似た条件を提示することで、もとのパターンを再現できることを示しました。連想記憶と言います。トロント大のジェフリー?ヒントン教授は、絶対零度ではない状態での原子スピンを想定しました。この場合、熱エネルギーによる揺らぎ(ノイズ)があり、スピンの逆転が起きるようで、ボルツマンの統計力学に従います。ノイズはニューラルネットワークの働きに必要であることを示し、さらに「隠れた階層」の導入によって訓練速度を向上させました。
これらの成果は、異分野の融合によって成し遂げられています。といっても、各分野の専門家同士が連携した融合ではなく、個人の中での融合です。ホップフィールド教授は、「理論物理学、遺伝学、神経科学」の人で、ヒントン教授は、「コンピュータ科学、認知心理学」の人です。個々の研究者の好奇心が、分野を越えて成し遂げた偉業といえます。ヒントン教授は、人間社会における生成AIの安全性確保について、その重要性を主張しています。化学賞については、また次回。

2024年11月14日

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